ケレン

 先週13日の月曜日、コロナ禍で、ずっと行くことが出来なかった大歌舞伎を久しぶりに妻と観に行った。昨年5月に、海老蔵の市川団十郎襲名披露の公演を観に行こうと予定していたのが延期になって以来なので、実に1年8ヵ月ぶりになる。今年8月から、コロナ感染対策をして公演が再開されていたことは知っていたが、感染者数の状態からして、なかなか大勢人の集まるところには出かける勇気が無く、控えていた。最近になって、かなり収束気味なので、オミクロン株は気になるところであるが、そろそろ良いかと妻に相談したところ、演目が市川猿之助の「伊達の十役」ということで、これは一緒に行こうということになった。

 「伊達の十役」は、何と言っても猿之助の真骨頂の『ケレン』の早変わりが魅力だ。早変わりの演目としては、『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべいこくばなし)』や『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』、名前だけは誰でも知っている『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』なども有名だが、十役もあるのはこの通称「伊達の十役」、『慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)』だけだ。演じるのは乳母政岡、松ヶ枝節之助、仁木弾正、絹川与右衛門、足利頼兼、三浦屋女房、土手の道哲、高尾太夫の霊、腰元累、細川勝元の十役であるが、政岡だけは物語の主役として演じているものの、他はすべて違う様相、違う性格のもので、これだけの役を次々と早変わりするのは圧巻である。土手の道哲に扮して、「早変わりはやめられねぇ」のせりふも飛び出した。猿之助は10月にも『天竺徳兵衛新噺』もやったばかりで、1月の『義経千本桜』も準備中なので、この台詞なのでしょう。あまりにも面白過ぎて、興奮して、コロナ対策で隣の席が空いていることもあって(妻は一つ空いた先)、二階の桟敷席から身を乗り出し過ぎ、落ちそうになったほどだ(大袈裟でそんな訳ない)。ちょっと時間が短すぎるところは難点だが、まぁ、コロナ対策の徹底からすると仕方ないか。

 また、香川照之こと市川中車さんは今回初の本格的な女形で栄御前を演じていたが、テレビドラマ『日本沈没』の田所博士の怪演を思い起こし、落差があり過ぎてまともに見れなかった。考えてみれば、テレビで見た次の日、歌舞伎座で見るというのも、これも早変わりなのかも知れないと思ってしまう。

 この早変わりというのは、『ケレン(外連)』の一つだと申しましたが、歌舞伎の本筋からはずれた邪道であると言う意味でこう呼ばれるそうです。役者は芸で勝負すべきで、仕掛けに頼ったり、素人受けを狙っていては、本道を外れるということのようです。

 しかし、何か物事を活性化させようということになれば、歌舞伎だけにとどまらず、いかなる世界でも『ケレン味』が大きな役割を果たします。江戸末期に、太平の世の中に飽きて、刺激を求めていた民衆の心にケレンが響いたように、伝統を重んじながらも、変革を求める精神はどんな世の中でも受け入れられるものではないかと思います。伝統を跳ねのけてのケレンではなく、伝統が活かされるからこそのケレンが重要です。

 よって、農業や農村の活性化も、現代には現代の何らかのケレンが必要になる訳です。農業ではゲノム編集やスマート農業技術がケレンに当たるのでしょう。これまでの伝統的農業技術を受け継ぎ、守りつつも、新たなケレンが新しい農業を生んでいくはずです。農村づくりも然り、これまでと同じやり方をして、同じ地域の同じコミュニティで固まっていては、活性化できません。

 近い将来、地域の暮らしを守るため、地域で暮らす人々が中心となって形成するコミュニティ組織が生活支援サービスの事業主体となる「地域運営組織:RMO<Region Management Organization>」の結成も、かなり大掛かりなケレンの演出となり、農村づくりにとってかなり有効な方法となるでしょう。農村の活性化のために組織を作ると考えるのではなく、新しいコミュニティ組織の形がまた新たなコミュニティやサービスを生んでいくのだと考えることが大切です。勿論、歌舞伎のケレンが王道ではないと批判されるように、従来の地域づくりの方法や旧組織の伝統や慣習からの批判はたくさん出ると思いますが、もし、農村づくりが行き詰まっているなら、ケレン味を入れることは、滞り廃るよりも大きな挑戦となります。

 初代猿之助は、世襲と伝統を重んじる歌舞伎の厳しい世界で、歌舞伎界を代表する名優となりましたが、それでもまだ十分に認められてはいなかった。しかし、その反骨精神は二代目に受け継がれ、改革の手を緩めずにいたからこそ、ついにその反骨精神とケレンが三代目猿之助のスーパー歌舞伎を完成させたように、時間をかけて変えていくものなのでしょう。

 農村づくりは、地域毎にやり方は異なります。ケレンのレベルもいろいろとあると考えれば良いし、時間もかかると考えれば良い。あなたの世代で活性化する必要はなく、次の世代にその精神を繋げることができればそれでいいのです。大切なのは、「面白いからやってみよう」と思うことではないかと思います。

 四代目猿之助が「早変わりは止められねぇ」と捨てぜりふを吐くのなら、あなたは、「農村づくりも止められねぇ。やっとことっちゃうんとこなぁ~」と掛け声でも入れときますか。

※捨てぜりふ:専門家ではないので間違っているかもしれないが、こういうアドリブも歌舞伎の場合は捨てせりふの類だと思う。

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