多すぎる火は何も生まない

 新聞を読んでいると、「薬剤まいて スギ花粉カット」という見出しの記事があった。読み進めていく内に、映画『風の谷のナウシカ』のある名シーンを思い出した。

 この映画は、宮崎駿(みやざきはやお)さんの昭和59年の作品ですが、ご存知の方もいらっしゃると思います。まだ、宮崎駿さんが今ほど有名ではない頃の作品ですが、私は、昭和57年に徳間書房のアニメ情報誌の「アニメージュ」に連載された漫画を読んでいたので、映画公開は期待を膨らませて観に行きました。

 まだ就職3年目の26歳、当時つくば市内には映画館が無く、生まれたばかりの長男を乳母車に載せて土浦市内まで行ったところ、なんと、ロードショー初日だというのに観客は数人ほどしかおらず、空きまくっていました。一番前の席に陣取って、長男の様子を見ながら、スクリーンを見上げたのを今でもよく覚えています。なぜか、大音量の中、長男は一度も泣かなかったというか、あの♪ラン・ランララランランラン・ラン・ランラララ~♪のメロディーにも反応せず、2時間ばかりスヤスヤと眠っていた。

 ストーリーは知る人にとっては蛇足になってしまうが、知らない人もいると思うので、簡単に触れておくと、映画の世界は、現在の文明が「火の七日間」と呼ばれる最終戦争により崩壊した千年後の話だ。荒廃した世界は「腐海」と呼ばれる毒ガスを発する森とそこに棲む巨大な昆虫に支配される中、人間も点々と各地で生き残り暮らしていた。そんな中、辺境の国「風の谷」は海から吹く風によって森の毒から守られ、民は慎ましやかに農耕生活を送っていたが、その一方で、腐海を焼き払い、人間の文明社会を取り戻そうとする軍事大国「トルメキア」が強大な力を以って世界を席巻しようとしていた。

 火力や自然のエネルギーを最小限に使う技術で、腐海と共に生きようとする「風の谷」の民とその生活スタイルを誇りとして民衆を率いる王姫「ナウシカ」と、圧倒的な火力と科学力で自然をねじ伏せようとする「トルメキア」とその皇女「クシャナ」たちは、他の国々も巻き込んで物語は進んでいく。

 思い出した名シーンというのは、映画後半に、トルメキアの捕虜となってしまったナウシカの年寄側近たちが、クシャナの「腐海の毒に侵されながら、それでも腐海とともに生きるというのか?」の質問に答えるところだ。

「あんたらは火を使う。そりゃあ、わしらもちょびっとは使うがのぅ」
「多すぎる火は、何も生みやせん。火は森を一日で灰にする。水と風は100年かけて森を育てるんじゃ」
「わしらは水と風のほうがええ」

 ここで、「多すぎる火」というのは、軍事力や自然を制御する力を指しているのは、映画を見ていない方でもお分かりいただけると思う。

 さて、新聞記事に戻るが、「薬剤まいて スギ花粉カット」とは、なんと花粉症の原因になるスギの花粉を飛ばさないようにする薬剤の開発が進んでいるというものだった。食品添加物から開発しているので、安全で、しかも環境負荷は少ないというのだが、いやいやちょっと待った。開発者、研究者の方々の努力には頭が下がりますし、私もかなり花粉症がひどい方なので、これが開発されるとたいへんありがたいと思う。是非とも研究を進めて、助けて欲しいのですが、そんなに短絡的に考えてよいものなのだろうかと悩んでしまいます。

 そもそもは人間が自分たちの勝手で、山にスギばっかり植林しておいて、温暖化の影響もあって、花粉が増えてしまい、今になって厄介者となると、「人間様がたいへんになっているので、花粉だけ消えてください」って、どういう了見なのだろうか。都合良すぎないか。読み進んでいくと、最後には、微生物を使って、スギの雄花だけを枯らすって技術もあると書いてあった。

 研究を否定している訳では無い、現代の人の社会にとって、たいへん大切な技術であることは間違いない。しかし、安全だからとか、環境負荷が少ないからという判断は正しいのだろうか。問題をそこに帰結させてはいけないような気がする。スギと人間を置き換えたらたいへんなことではないか。スギ様(別に杉良太郎さんではない)が、人間の雄の生殖機能だけ無くしてしまう花粉を自己生成して飛ばすみたいなものだ。

 そこで、風の谷のナウシカのシーンが蘇る。文明とか科学というものは、常に生物間の闘いと環境操作の反省の上に成り立たせねばならないし、社会に馴染んでなんぼのものであるだろう。人が環境に対してやらかして来たことへの贖罪をしてからでないと使ってはいけないような気がする。「花粉症」、確かに困る。ひどい症状の方も多いと思うので、個別にはなんとかすることも考えないといけないが、一網打尽みたいなのは考えものだ。農業技術もしかり、新しい技術を使う時は、是非、その技術がもつ根本的な思想を紐解いてからにしてほしい。「多すぎる火」はどうなのと言いたい。

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