災害対策は情報共有からはじまる

 気象庁は、6月1日より『線状降水帯予測』の運用をスタートさせました。それから1ヵ月半しか経っていない7月15日、さっそく九州地方と山口県に第一号が発表されました。線状降水帯ではなくても、15日以降より先週にかけて不安定な天候が続き、全国で大雨に見舞われ、多くの地区で大雨特別警報、土砂災害警戒情報も出され、河川堤防の決壊もあり、冠水も広範囲で発生しました。かつては、九州地方とか東北地方とかというように、特定の地域だけに災害が発生するものでしたが、最近は、局所的な大雨情報が全国に跨って出される傾向がある。局所的ではあるのだろうが、局所の数が多すぎるのと、局所が移動して来るので、雨が降り始めると、こっちにも来ないかどうかと、半時間毎に雨雲レーダーをスマホで確認しなければならないほど、危険と隣り合わせとなっている。

 長男がこだわり野菜や食品のバイヤーをやっていて、車での長距離移動が多いので、毎日のように数回LINEで、やれ「そっちの雨の状況はどうだ?」とか、「河川の近くは気を付けろ!」だ、「アンダーパスは避けろ!」と、もうすぐ四十に届く歳になっての過保護もないものだが、ついつい心配になって、情報共有と注意喚起の連続だ。情報共有の徹底は私の性分なのかもしれない。長男からしたら、さぞかし、面倒くさい親父だなと思っていることだろうが、優しくも『了解』のスタンプだけが送られてくる。

 さて話を戻しましょう。かなり昔の話をします。ある地域の梨の果樹団地でのことだったのですが、霜害や台風被害などの気候災害に対応するため、みんなで、団地内の地形情報や施設情報とともに、果樹の品種や樹齢と位置情報、気候被害情報を集めて分析し、地形と品種と被災状況から要因を割り出し、対策を検討するとともに、今後は情報の発信にもつなげ、ブランド化を目指そうということになった。要因分析はそんなに簡単なことではないが、今で言うところの地域農業のビックデータ化を進めようというものだった。

 しかし、実際やってみると、分析よりも大変だったのはデータ共有の合意形成だった。経営者たちの中には篤農家の一匹狼も多く、栽培管理に関する情報を出したがらないのだ。

 全国の果樹農家の世帯農業所得率を見ると34.5%と、露地野菜農家の所得率の26.8%と比較しても高く、果樹農家は儲かっているように見えるが、これらは、果樹農家の生産物に対する「愛」の代価、樹を一本一本丁寧に扱い、労働生産性を犠牲にした結果で得られている所得であって、労働生産性指標として農業従事者1人当たりの付加価値額を計算すると、整枝・剪定や受粉・摘果などの作業負担としての農業従事者数が多いこともあり、46.5万円(2019年の農林水産省の統計データより)と、畑作の半分ぐらいしかなく、全体平均を下回る。しかも、共済保険への加入率も最近増えつつあるとはいえ、まだまだ低く、作目によっては十数パーセントで、大きなリスクも抱えている。更に、世帯農業所得は高低差が大きく、高いところは所得率50%という経営体もあるものの、15%に留まっている小規模経営体も多い。

 私は経営の専門家ではないし、今回の本題はここではないので、これ以上詳しくはデータを追いませんが、押しなべて感じるのは、土地集積、雇用者確保から後継者問題まで含めて、果樹農家の規模拡大は結構難しいということと、匠の技、こだわりの栽培技術は門外不出のことも多く、なかなか情報共有というところはナイーブな課題ではないかということです。

 農家一人一人は、より美味く安全な果物を消費者に届けたい気持ちは強いのだが、その努力によって得た生産技術は特許みたいなものだから、簡単には出せないのはよく分かる。特許として周りが技術を買ってくれれば良いという単純なものではないし、これは良い技術だぞと広めようとすると、「そんなことは俺も十年前からやっている」と言われて、篤農家どうしの小競り合いになってしまいがちではないかと思うのだ。環境保全型、有機栽培に拘る農家も多いが、地域としてはなかなか足並みがそろわず、挑戦し、苦しむ農家を達観視しているだけという構造もある。

 この梨団地の時も農家は40戸程度であったが、半分近くの農家は情報の共有になかなか同意せず、基礎情報を集めるだけでも2年もかかった。しかし、スマート農業もしかり、情報の共有化もしかり、おそらくは果樹団地こそ、ICT改革の効果が最も経営に影響するのではなかろうか。

 最近、山梨県下で、桃の盗難が相次いでニュースになっているが、あれも、盗まれた農家だけが防犯カメラを付けたからって解決するものではなく、地域一体的にシステムマティックに、監視ドローンも含めて整備していく必要があるだろう。屋敷じゃないのだから、カメラばかり増やしても意味はないのだ。どこから狙われているのかや死角を分析することから始めないといけない。もちろん、農協や市町行政もしっかり考えていると思うが、誰が主体になってやるか以上に、情報共有とその運用こそが大切である。

 個人の経営アイデアの切磋琢磨と地域農業全体のリスクを下げて、生産価値をボトムアップするための情報共有は別の課題であることを、是非認識してほしい。気象災害はこれからますます増加するに違いない。大雨ばかりじゃない、熱波だってあるかも知れない。我田引水で自分の農地だけ守るのではなくて、地域全体として、公平にどう対応していくかを果樹団地でも考えていく必要があろう。

 農業に特化した情報サービスもかなり増えてきた。農薬散布、剪定、収穫などの無人化ばかりがスマート農業ではない。地域全体での経営戦略やリスク戦略のためにも、オープンできるデータはどんどんとオープンにして、情報共有を進めてもらいたい。

 先日、古くからお世話になっているある農家にこんなことを言われた。「大金かけて情報共有やらスマート化やらをしたって、線状降水帯や台風が一発来たら助からんだろう。農業ってぇーのは半分バクチみたいなものなんだよ。十年に一回ぐらいなんだから、ぐっと堪えるもんなんだよ。俺はそうやってここまでやって来たよ」。

 私は「毎年、来るみたいなんですけど」と、小さな声でぼそぼそ。

※アイキャッチの写真と内容とは無関係です。水田の中にぽつんと佇む鎮守様、真夏の農村の景観である。この木立に入ると結構涼しい。(福井県)

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