基本法の見直しに向けて

 農政の基本方針を定めた「食料・農業・農村基本法」を検証する部会が9月29日に設置されることが決まり、農林水産省において、新しい基本法策定に向けた議論が始まりました。本研究会のホームページの読者の皆さんも、この議論の行く末についてはたいへん興味を持っておられるのではないかと思いますが、私もかなり気になっていますというか、どんな深い議論になるのかワクワクしているところです。複雑怪奇に絡み合った世界情勢と国内農政をどう紐解くのか、至難の業ですよね。

 現在の基本法は平成11年に施行されたもので、20年以上が経過しました。ちょうど、私が農林水産省の農林水産技術会議事務局に平成9年4月から11年9月まで研究調査官で出向していた時に、現基本法は制定されたものですが、私はこれに沿った初の農林水産研究基本計画の策定を担当していました。下っ端ですが。単に研究の将来を目標化すると言うだけではなく、この仕事を通じて、どんな仕組みで国の計画が新法を背負っていくのかを勉強させてもらいました。

 昭和36年から営々と続いてきた農業基本法が食料・農業・農村基本法に改定されたことは、当時は画期的なことでした。農業を営むことによって維持・発揮される『多面的機能』という用語も初めて使われた新法でありましたし、農村の総合的な施策の推進も謳われました。制定の10年ほど前から各部会での審議は進んでいましたので、私が出向した時には、もうすでにほぼ決まっていたと記憶しています。

 今回の改定は、ロシアのウクライナ侵攻で露呈した食料安全保障など現状の農政課題を踏まえて見直すよう岸田総理が指示したもので、さっそく10月18日に基本法検証部会の第一回が開かれました。いつまでに新しい基本法を作るかは明確ではありませんが、世界情勢や地球環境の凄まじいスピードでの変動を鑑みるに、以前の時のように10年じっくりとはいかないでしょう。

 検証部会はこれから月2回程度のペースで開催され、食糧の安定供給の確保、農業の持続的な発展、農村の振興、多面的機能の発揮のテーマごとに有識者のヒアリングと意見交換を行い、東京大学の農業経済学専門の中嶋康博先生が部会長として、来秋には結論をまとめて答申することになります。

 検証部会の進行の様子は、前回の改定時と同様、農林水産省のホームページに配布資料や議事録が公開されることになっていて、すでに第3回目が11月11日に終了していますが、本日段階で、第2回目までの議事概要が公開されています。

 私は、前半のテーマは専門ではありませんし、政策にあれやこれやという能力もないので、多面的機能のヒアリングになってから、審議内容に違和感があれば少し感想でもと思っていましたが、現段階においても少々気になることがあるので、今回の投稿はそれについてとします。

 先ず初っ端からの苦情で申し訳ないが、農林水産省のホームページでの検証部会の取り扱い位置が悪い。基本法は農業行政のバイブルみたいなものだと思う。最初の表紙内に特設ステージを設けるべきではないだろうか。今は、「ホーム」-「政策情報」-「審議会」-「食料・農業・農村政策審議会」の下「基本法検証部会」にそっと置いてある。確かに、項目体系的、組織的な位置からするとここで間違いないし、ホームページを作成している方からすると、綺麗な整理ではないかと言いたいのだと思うが、視聴者はそうは思わない。日本農業の将来像に向けて、これまでの法律の成果や問題点を整理していこうというものだから、これは「ホーム」の特設ステージに置いて欲しいものだ。

 委員は臨時委員を含めて20人であり、前回改定時と人は変わっているが、所属構成はそれほど変わっていない。また、審議会や他部会と被っている方が多いのは当然だと思うが、実際の農業経営者が少ないことと、社会学者が見当たらないのはいつものことながら気になる。

 第一回の有識者ヒアリングのテーマは、『食料の安定供給、食料の輸入リスク』についてで、丸紅の寺川氏から商社の視点からの食料や生産資材の輸入リスク、農林中金総合研究所の平澤氏からは、世界各国の食料需給構造に鑑みて、国際情勢を踏まえた食料の輸入リスクについて資料を使って説明された。この内容は素晴らしい。

 そこでもう一つ要望である。このヒアリングには重要な議論の種が満載であるので、もっと国民に対して広く公表願いたい。配布資料がホームページに乗っているから良いのではと言われるかもしれないが、国民が勉強できるとしたらここだけなのである。長いコロナ禍でネット講義の視聴にも慣れて来たはずで、是非、もう少し国民寄りに立った資料の公開をしてもらいたい。委員本人の説明動画があると嬉しいが、無理なら、図面ごとに人工音声での説明文を付けるとか、少しでいいので、国民と議論を共有するぞという意気を見せて欲しい。「誰も見ないだろう」と言ってしまえばお終いだ。委員の議論の中でも、「もっと消費者の立場から情報を知るべきだ」と言っているのだから、それくらいしてもらっても良いと思う。議事録、資料配布というお決まりの情報公開の方法は古臭くないか。

 さて、第一回の議論の中身ですが、「国内でどう作っていくのか一番の課題だと実感した」とご意見を言われた全国農業会議所の柚木委員と「輸入に頼って国内生産が減り、さらに輸入に頼るという負のスパイラルを懸念」と発言された農協中央会の中家委員については、まあ、立場的にもここを焦点としたいということで良いが、一般論過ぎ。また、東大の大橋委員の言われた「どれだけ国内で作れるのか評価していくべき」は重要な意見ではあるが、学者の正論かなとも思う。そんな中、日本農業法人協会で農業経営者でもある斎藤委員が現場サイドから「米を作らなければ補助が出るという摩訶不思議な制度によって我々この何十年って農業していますけれども、やはり、日本で本当に必要なものを作る方に補助を頂けないか。・・・例えば、小麦、大豆、トウモロコシ、足りないのでこれを作った方に補助をやりますと、・・・」と発言している。本当にその通りである。現場からの実感は、単に変な制度設計のことを言っているのではなく、農業生産意欲の根幹はどこにあるのかという問題であり、立派な輸入リスク問題であると私は思う。

 後、消費者サイドや環境サイドの委員さんたちもとても良いことは言われているが、どうも上から目線で好きになれない。私の想いとしては、やはり、もう少し現場サイドの委員を増やせばどうかと思う。

 それと、寺川委員が最後の方で発言されたことの議論の行く末が気になる。「担い手の話も今日ございましたけれども、国内で生産をしていくのであれば、海外を見ていますと外国で、米国なんかでは相当量の移民が実際に農業をやっております。そういう移民政策とか、そういうものも必要になってくるのではないかなというふうに感じました。」

 この移民政策はどう対処するのだろうか。農業問題は農業問題で完結しないということになる時、政府の議論は省庁の『たこつぼ』に終始しないだろうか。気になるところである。

 パブリックコメントなんかもこれから取る時があるのかもしれませんが、ガス抜きタイプならやる意味は無い。私ごときが、農業の何たるかも分からずに、しゃしゃり出て、行政の行き届かないサービス精神の揚げ足を取って、文句を言うべきではないのかも知れませんが、これだけ足が揚がり過ぎていると、思わず取ってしまうんです。国民ってそういうものです。

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