担い手の多様性と農地法の改正

 認定農家数も農地利用集積率も頭打ちになることは、初めから分かっていたように思います。農地集積バンクも目標達成にかなり貢献はしてきたと思いますが、集積率は令和3年度末でようやくの58.9%で、とても令和5年度末に80%の目標は達成されそうにありません。しかも、単に集めれば良いということではなく、経営力強化の観点から20ha以上の経営体への集積が重要なのですが、こちらは32%に留まっていて、農林水産省の主軸政策の経営規模拡大路線は完全に尻切れトンボとなっています。

 農林水産省も、農業を成長戦略の柱に位置付けたところで、おそらく経営規模拡大だけではうまく行く訳ないと思っていたはずですが、以前から言っているように産業政策と地域政策に一体性が無い上、地域政策に本腰が入っていないことは見え見えなので、農政としては経営基盤強化のための大規模化、それをスマート農業とかりそめ程度の環境保全型農業で支えざるを得ない。そうするとやりようがないということなのでしょう。

 だから、今回の農地法の「都府県5a、北海道2haの農地権利取得の下限値を撤廃する」という改正はどうみても、追い詰められて、今になって、小さい経営も意欲があれば認めると言うことにすることで、なんとか農業を守りたいという苦肉の策なのだと思います。そして、小さい農業を位置付けるためにも、「人・農地プラン」を法制化して、「地域計画」に格上げして、農地をセイタカアワダチソウの群生地にはしないが、不正転用や小さな農業を激増させることは食い止めるという継ぎ接ぎ施策となっているのです。

 かなり前の投稿になりますが、2019年12月16日の「言わせてもらえば」で「小農主義」と題して、「社会の多様性の観点から大農だけが生き残ることは絶対にない。地域アイデンティティを崩さないバランスの良い多様性のある農業こそが、求められる日本の農業像であり、今の政策は偏り過ぎだ」と私は述べました。

 それでは今回、下限面積を取っ払って、小さな農業を「地域計画」に入れ込んだことで、バランスの良い多様な担い手による農業が実現するのでしょうか。はっきり言わせていただく。『おそらくだめだ』と。

 それには二つの理由があります。地域政策と産業政策の分離思想が弊害となって、大農と小農を含めた多様な農業の共存性が低いことと、地域計画が農地利用の経済性と利害調整に偏っており、社会的・環境的総合性を求めていないからです。

 地域政策と産業政策の分離が何を指しているかは、多くの方はお分かりだと思いますが、現政権の政策では、産業政策として、平場で条件の良い土地を集積した大規模経営に対してスマート農業や輸出促進施策を推進する一方で、中山間地域などの条件不利地等には生活基盤整備で対応し、大規模農業周辺に対しては、小さな農業も巻き込んで、畦畔の草刈りや水路の掃除等の生産環境維持の地域政策でお茶を濁し、小さな農業そのものの農業産業としての価値を認めていない。共存し難い構造のままにしておいて、空間は一体という状態なのです。産業政策と地域政策はよく両輪と言われますが、産業政策に比べて地域政策の車輪が小さすぎてまっすぐ進めないし、車輪だけあって、車軸を回す施策が無い。だからダメなのである。

 もう一つの駄目な理由は「地域計画」が農地利用の地域計画に留まっていることにある。農林水産省の説明では、人・農地プランからの発展なので、「地域の話合いの場」を基本にして地域農業の将来の在り⽅を検討するため、幅広く関係者に参加を呼びかけ、関係者それぞれが役割を担いながら協議をすることとしていて、協議の内容は、①農用地の集積・集約化の方針、②農地中間管理機構の活用方針、③基盤整備事業への取組方針、④多様な経営体の確保・育成の取組方針、⑤農業協同組合等の農業支援サービス事業者等への農作業委託の活用方針等の協議をすることとしています。

 農林水産省の制度内での農業計画なのだから、この範囲に留まらざるを得ないだろうと言ってしまえばそれまでです。実は、私はそこが違っていると思うのです。これは縦割り行政の根本問題にもなるので、そうそう簡単には行かないことは分かっています。利治水的な共存性も踏まえなければならないし、農地の有効利用計画だけ考えていても、昨今の少子高齢化の根幹を成す複雑な問題は解決しないように思うのです。やるなら、小さな農地を含む空間単位で、環境、社会、文化、福祉という総合計画的な観点、省エネルギー化、多様化という軸の全体像を勘案した農地の在り方を見つけて行かなければならない。

 計画がお題目だけにならず、地域の社会・環境の正確な評価の上に立ったものであるべきだし、担い手の多様性も、無理して作られたものにならないようにしていくことが重要である。そういう意味では、寧ろ制度に捕らわれない地域農業のあり方を地域自らが考えて行けるかどうかが、本来の農業成長のカギとなるのではないだろうか。

※「農林水産省はずっと昔から多様な担い手農業の推進を目論んでいましたが、先ずは産業政策として儲かる農業基盤を築くためには規模拡大が必要だったので、集積施策を早急に動かした。今回良いところまで進んだので、ようやく小さな農業の担い手も入れて地域農業像をまとめていくということです。決して行政は分かっていなかった訳では無いし、遅いと言うことではない。」と反論する官庁幹部がいたが、『笑止千万』である。私が不勉強だとしても、素人の私が言い訳にしか聞こえないものはやっぱりいい訳なのだと私は思います。

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