道踏みと自然知

 今年は全国的にかなり雪の多い年になっているようです。ニュース番組を見ていると、お年寄りの方が、「もう疲れたよ」とか「もう飽きたよ」なんて、ちょっと笑いながらのあきらめ境地だ。豪雪に慣れていらっしゃると思われる地域の方々でさえ、この言葉が出てしまう。それほどのドカ雪ということなのでしょう。一言で切実さがよく伝わります。

 近年の豪雪と言えば、平成22年、23年は連続で大雪でした。また、平成26年も、関東を中心に大雪となりました。記憶に新しいところでは、昨年の1月も集中豪雪のため、北陸道で立ち往生があり、2泊の車中泊を強いられたドライバーもいらっしゃいました。

 只おかしなことに、降雪量が例年より多いのかというとそれほど多くはない。NHKの「明日をまもるナビ」に掲載されている降雪量の年別推移を見ると、これは積雪地域の複数の観測点のひと冬の降雪量の合計みたいですが、年平均累計降雪量は昭和35年以降平成になるまでの約30年間は、350cm/年程度であったが、平成に入ってからの約30年間は250cm/年程度となっており、寧ろ減っている。それに対して、日平均降雪量は、平成17年までは4.5cm/日だったのに、それ以降は急激に上昇し、6.5cm/日となっている。平均で2cm増えているということは、1日で1m以上の雪が積もる地点も確実に多くなっていると推測されます。

 気象研究所が、温暖化に伴う降雪量の将来変化を、全球気候モデルを使ってシミュレーションしたところ、こちらの結果も、全国的に降雪量は減少するものの、北海道や北陸の内陸部では増加するらしい。特に、北陸の山沿いでは、積算降雪量は減少するにもかかわらず、極端に強い日降雪量が大きく増加する予測となった。つまり、温暖化が進行すると、局地的なドカ雪はますます増えると言うことらしい。

 ドカ雪の増加に伴い、雪害対策に伴う事故も急増しており、内閣府が出している広報誌「ぼうさい」の第69号(24年度)を見ると、平成22年度の死者は131名、重傷者636名、23年度は、死者134名、重傷者883名と、多くの人的被害が生じたと言うことです。特に近年、除雪作業中に発生する事故件数が増えていて、雪の性質の変化(水分量の違い)やドカ雪の降り方の問題もあるが、豪雪地帯での急激な高齢化や自治体行政のサービスの縮小化などの社会的な問題が大きい要因となっています。地域のコミュニティ力が豪雪に対応できないでいるということです。

 私はまだ60歳半ばで、若いと思っていましたが、梯子に登り庭木を切るのも、最近は足元がおぼつかなくて怖い。部屋内で、低い脚立で電球を付け替えることさえ、最大の注意を払って行わなければ、落ちそうになる。いくら農村や豪雪地域の高齢者が元気だと言っても、また雪に慣れていると言っても、これまでとは違う雪の降り方となると、勝手も違い、危険性は増しているはずです。

 AIやロボットを駆使して、是非、安価で安全な自動雪下ろし機や除雪機を開発してもらいたいものだが、屋根の形も違えば、住宅事情や周辺環境も違い、帯にも襷にもなるような手ごろな機械の開発はなかなか難しいようです。それまでは、過信せず、雪の環境情報をしっかりと見極め、除雪作業を是非安全に行っていただきたいと願うばかりです。

 雪の状況が変わったのなら、これまで通りの対処をするのではなく、新たな雪の性質や降雪環境を自然から学び取り、自然知(人が自然や環境を読み取る知:言わせてもらえばの記事「知と心の形成としての景観づくり」2021.7.25に説明あり)を鍛えてから対応することが重要です。私は雪のことは分からないですが、自然の情報を読み直し、自然知を鍛えることは、事故の軽減においてかなり大切なことだと思っています。それが、安全確保への第一歩ではないかと思います。

 20年以上前のこととなりますが、新潟県旧松之山町の学芸員さんが住民から聞き取って、道踏みのルートを調査した以下のような図を見ました。「文」は学校の位置、色別に各集落が道踏みしたルート、「×」は集落の境界で互いにどこまで道踏みするかに決め事があるらしい。

 雪深い地域では、昭和40年ごろまでは、新雪が積もった朝、子どもたちの通学が始まる前に、人が歩けるよう道を作るのは道踏み当番の役目であったそうです。しかし、今は除雪車が入り、共助の日常生活が公助に置き換わってしまったことで、住民の環境の読み取りの能力は減っているというのです。

 この道踏みという生業に含まれる自然知はたいへん多く、その一部は文化としても定着しています。道踏み板(雪情報の回覧板)を回覧し、カンジキをスッポンの下に履く、雪が多い時はさらにスカリをスッポンの下に履く。どこまで道を付けるのか、道具はどう使うのか、環境と道具(民具)と集落のルールが絡み合って文化事象となっています。また、回覧による周辺住民のコミュニティの醸成を促し、子供たちの教育環境を守ることで次世代との繋がりが強化できます。更に調べてみると、道踏みのルートは、住民が長い雪の生活の中で確認した最短で安全性の高いルートであり、緊急連絡の手段としての道としても機能するらしいのです。自然知が形成され、安全性が担保されることを表しています。

 この調査は、決してノスタルジックに昔の暮らしを回想し、体験観光として商品化しようとしたのではありません。これらの事象を把握することで、現代の生活に欠けているものを呼び起こし、新たな生活様式を生み出すことに繋げたかったのです。民具の使い方や集落のルールの決め方も、現代の暮らしの見直しや農村づくりにおいて重要な知識となると思いました。

 ドカ雪を迷惑な環境資源として把握するのではなく、文化資源、産業、多面的機能との繋がりの中で把握することで、人それぞれが様々な角度から自然知を鍛え、文化を感じ、強制的な保全や伝承活動ではなく、自分なりの生活様式が生まれてくる。それが自然や文化を意識した暮らしです。

 もし、ドカ雪の除雪機器を開発するのなら、頼り切ってしまう機器を開発するのではなく、是非、これらの自然知や文化への定着も含めた支援機としてもらいたいと思います。

明日をまもるナビ https://www.nhk.or.jp/ashitanavi/article/3544.html

※アイキャッチの写真:1月7日 これだけ積もっただけでも車出せるだろうかと私は大騒ぎです

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